2015年03月24日

【映画】ライフイズビューティフル


映画を見て珍しい体験をしました。見た映画はライフイズビューティフル。

イタリア映画でもう20年ばかり昔の映画。初めは気づかなかったんですけど、途中からおや?と思い始め、気づけば学生の頃に見たことある映画でした。

何が珍しいってその頃に抱いた感想と最近見た感想、全く違うのね。


思いっきりネタばれしちゃうんで以下注意。


あらすじ紹介すると、僕たちが一般的に思い浮かべる陽気なラテン系。それが主人公。こいつがどこからか都会へ引っ越してきてそこで巻き起こすドタバタ劇。まー典型的なコメディです。持ってた卵を手近な帽子に入れたら相手がその帽子をかぶって卵が割れるとかね。レストランで先客が手をつけなかった料理を次のお客さんに出したりとかね。次のお客さんに残ってる料理をうまく選ばせるところなんか口のうまいラテン系の本領発揮!てなもん。さらには、どうにもいけすかない役人から婚約者を奪って家庭を築くというところまで微苦笑の連続です。この辺りまでは若かりし頃の僕も今の僕もベタベタやねーなんて思ってたわけです。


そこから時代が急に5年ほど下りまして主人公はユダヤ人ということでおおっぴらに嫌がらせを受ける時勢になってます。そう、最初に出てくるんですけど、イタリアが王国の時代。そしてユダヤ人迫害といえば第二次大戦中なのです。

で、主人公と4〜5歳の息子、叔父、主人公の妻まで収容所へ連れてかれます。この辺りから雰囲気が急に変わってあれ?あれ?コメディどこ行ったん?みたいな気配。ここに至って今の僕はコイツはもしかして?と思い始め、連れてかれた収容所で、主人公が息子のためにここはゲームをするところで1000点貯めたら戦車に乗って帰れるよ、なーんて説明するに至り確信。見覚えあるぞと。

この説明のシーン、連れてこられたユダヤ人一同に対して行っているドイツ兵の説明を主人公が皆に説明する体でゲームだなんだ言うもんですから、ほかのユダヤ人からすればへ?なわけです。若かりし頃の僕はそりゃやりすぎでねぇのであります。ところが今の子持ちの僕だとこれだけでちょっとうるっとは来ないけど、何も言えなくなるのでした。


最後の晩、収容所が騒がしくてどうやら戦争に負けたドイツ軍が避難し始めてついでにユダヤ人たちもどこかへ移送したり始末したりしている様子。そこで主人公は妻と息子、家族みんなで帰るために息子とともに(もちろん息子にはゲームとしか告げない)妻を探しに出ます。息子はゴミ箱か何かの中にうまく身を隠させるのですが、主人公は妻を探すうちにドイツ軍に捕まってしまい、息子の眼前を通り過ぎることに。主人公はあくまでもゲームと思わせるために息子の眼前ではふざけて行進するも、そのまま物陰へ→銃声→ドイツ兵一人、戻ってくる。

これもねぇ、若僕からすると、コメディタッチで来てここで主人公死なせるぅ?最後まで生き残ってたユダヤ人いっぱいいんのにストーリーあざと過ぎじゃね?ところが今僕からするとそれ以前のふざけて行進するシーンから涙、涙。


ラスト、夜が明けて静かになって息子が隠れ場所から出てくると誰もいない。そこに戦車。メリケン人が出てきて坊や一人かい?乗りなよ。主人公の吐いた嘘がホントになった瞬間であります。若僕はなんだこのお涙ちょうだいは!今僕は号泣です。


いやー子を持つ身になると映画一本でも感想がだいぶん変わるもんだ。なんだか若僕がほほえましく、はずかしく、今僕は号泣しながら感情が大混乱でありました。


ちなみに本作品一番(?)の謎シーン、収容所生活のある日、身体検査の際にイタリアで給仕してたときになぞなぞで仲良くなってた軍医と再会してドイツ高官の夕食会に参加させてもらうことになり、軍医に脱出の相談を持ちかけようとするけど、軍医は同僚から出されたなぞなぞの答えを教えてと言うばかりというのがありまして、軍医は人の運命よりもなぞなぞ大好きな非人間的な人ですよというシーンなのかなぁ?と思いつつもよくわからんのでググッてみたら、なぞなぞはユダヤ人を暗喩してて自分にはどうすることもできないと嘆いているシーンであるとの解釈がありました。勉強になりました。


posted by chanco at 15:26| ホノルル ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 関心 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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